しゃあしゃあと鳴く熊蝉に足を蹴る生まれる前のやすらぎのなか新井蜜の短歌日記

少年の日々と一緒に捨ててきた熟れてゆくあの桃やスイカを新井蜜の短歌日記

蒸す宵に冷夏の予報 土地というよつてたつもの売つてしまへり新井蜜の短歌日記

離反する心を残し旅に出る 餌付けするのはやめてください新井蜜の短歌日記

またどこへ行つたのだろう妻と子はかなかなのまだ鳴かぬ夏の夕暮れ新井蜜の短歌日記

お風呂場の網戸の向かうに張りついて俺の裸を視てゐるヤモリ新井蜜の短歌日記

さあああと近づいてきてさあああと遠ざかってく夏の自動車新井蜜の短歌日記

千匹の蚊が鳴くようなエアコンの夏の終りの夕暮れの音新井蜜の短歌日記

みづのない川底あるく人間の頭のやうな石がごろごろ新井蜜の短歌日記

暗闇をえらんで歩く目の眩む白い光に追いかけられて新井蜜の短歌日記

受付の女性はいつもうつむいて微笑んでをり俺に気付かぬ新井蜜の短歌日記

お茶場からふつと出てきて挨拶しちいさい背中見せて立ち去る新井蜜の短歌日記

地下道の左側から右側へ流れるみずを飛び越えられぬ新井蜜の短歌日記

夕立が激しく降るとメール届き帰つて見れば既に上がりぬ新井蜜の短歌日記

一斉に振り向く真夜のコンビニの立ち読み客は皆おなじ顔新井蜜の短歌日記

うす青の朝顔ひらく腹痛を訴へられたあの朝のこと新井蜜の短歌日記